崎戸炭坑跡(平和寮)
Nikon New FM2で撮った写真の中で最も心に残っている1枚がコレである。長崎県の崎戸炭坑跡。スイート・スイート・ゴーストやバトルロワイヤルのロケ地となった場所でもある。炭坑が生きていた時代、この建物は平和寮と呼ばれ独身の人が住んでいた場所であった。
人がいなくなり、現在、この場所はノラネコたちの住処となっている。訪れると、不安そうに様子を伺う視線を何処其処から感じる。ボクが動くと、彼らも動く。一定の距離を置いて、お互いがお互いを探り合う。そうしているうちに、ボクらは遂にハチ合わせてしまった。
緊張が走る。何しろ、手にしているカメラはFM2。完全マニュアル機である。絞りとシャッタースピードを決め、ピントを合わせながら構図を探り、静かにシャッターを切る。フィルムを巻き上げ、露出を微調整し、ピントを確認して再びシャッターを...。あぁ...、逃げてしまった...。ほんの数秒の出来事であったが、ボクには異常に長く感じられた。物音を立てないよう、身体は完全に硬直させた状態で、頭の中はめまぐるしく計算するわけである。ピント合わせしている暇がないからF8ぐらいに絞ろう。イヤ待てよ、この暗さじゃF8は不可能やろ。あぁ、やっぱりF4が限界やなぁ...。露出はマイナス1補正、じゃなくて、中央の奥が明るいけマイナス0.5でいこう。暗くてピントがよく判らん...。ん〜、こんなもんかな? 急げ急げ急げ、ネコが逃げたらおしまいや...。えぇい、イってまえ!! パチリ。
オートフォーカス、電動モードラ、秒間数コマ撮影、自動露出調整。そのようなカメラで撮影したとすると、恐らく、この写真より鮮明に撮れたことだろう。如何せん、この写真は主役にピンが来ていない。しかし、FM2を手にしていたから、完全マニュアル機であったから、フィルムカメラであったから、そのときの緊張や焦り、シャッターを押す喜び、写っているかもしれないという期待感、そのようなものを、瞬間ではなく数日間味わい続けることができた。そして、そのときの空気を今でも覚えている。
写真はフィルムにも写るが、同時に、ココロにも焼き付くものである。そういうカメラは少なくなってしまったが...。